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【プレス】『服作りを生きる』

アパレル工業新聞 – 2018年6月13日 掲載

『服作りを生きる』  【上】

— 42歳でCAD業界に 「切り開き方式」で1号機販売 —

日本のアパレルCADは1970年代から開発がスタートし、ピーク時は約30社にのぼったというシステムメーカーも現在は数社に。アパレルCAD草創期に携わった人たちもほとんど退いたが、そんな中、現役最古参として活躍しているのがユカアンドアルファの林田勲会長だ。
林田氏が「アパレルCADに関わったのは42歳」、今から31年前という。1945(昭和20)年3月、高知市生まれで、大学を卒業後、営業の仕事をしてきたが、友人が勧めてくれたソフトウエア会社に入ったのがきっかけだった。配属されたCAD事業部で手掛けていたシステムの一つに保利有薫氏が開発した「立体作図法」によるアパレルCADがあり、林田氏が入社一、二カ月後に「SP2501」として完成。「今から考えると冗談のような、ソフトだけで2500万円」の価格設定だった。そのシステムの担当課長が現在ユカアンドアルファ取締役開発部長の橋浦一義氏で、「ばりばりのプログラマーだった」。橋浦氏から説明を受けるが、ソフトのもアパレルのことも初めて聞く内容で、「全然分からない」。ただ、林田氏には自信もあった。「ジャンボジェット機も割り箸一本売るのも同じ。本当の営業は何でも売れる」。若いころにそんな営業教育を受けており、カタログ一つ持ち、飛び込みで営業を始めたのだ。
しかし、なかなか契約には至らない。成果主義の会社は突き上げも厳しい。そこで「一か八かの勝負」に出る。会社に掛け合いパソコンとプロッターを用意し、関西の中堅アパレルに持ち込んだ。橋浦、保利の両氏を伴い、ホテルに泊まりこんでパタンナーに指導。しかし二週間目に社長から呼ばれ、パタンナーが使えないと言っていると告げられてしまう。
それでも諦めきれず、もう一度パタンナーの要望を聞いて開発すると食い下がった。SP2501はパターンメイキングソフトで、改めてパタンナーに聞くと、「切って開いてつなぐ」というグレーディングを要望された。半年後にソフトは開発したが、一つのグレーディングで30分も掛かった。パタンナーからはこれなら手でやると言われる始末。そんな時に他のプロジェクトから戻ってきた橋浦氏が乗り出し、わずか五、六分で作業できるようになり、第一号機を販売できた。これが今もユカのグレーディングソフトの目玉で、多彩で様々な動きに対応できる「切り開き方式」であった。
「グレーディングソフトは優位性を持っていたが、もともと機械系CADのプラットフォームでアパレルCADを開発したので、パターンメイクの図形処理に柔軟性があった。パターンメイクのユカのCADは使いやすいという定評はその後も続いてきた」と林田氏。ところが93年11月、会社が倒産。すでに50件ほどのユーザーがあり、仲間9人で「アンドアルファ」を立ち上げた。

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