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【プレス】『服作りを生きる』【下】

アパレル工業新聞 – 2018年7月1日 掲載

『服作りを生きる』  【下】
ユカアンドアルファ会長  林田 勲 氏

— 「SCM」にこだわり ウィンドウズCADの先駆け —

林田氏を社長としてスタートしたアンドアルファは、ソフトの著作権を有していたユカ・パターンシステムと連携し、アパレルCAD「スーパーアルファ」の開発、販売に取り組んだ。その開発目標の第一に掲げたのが、OS(オペレーティングシステム)をMS-DOSからウィンドウズに切り替えることで、当初はウィンドウズ3.1版、その後に登場したウィンドウズ95版をリリース。パソコンの急速な普及とともに、”パタンナー一人一台時代”を見据え、日本のアパレルCAD業界でウィンドウズ版の先駆けとなった。「ユーザーもパソコンのプラットフォームはウィンドウズだということを基本的に理解されていた。それにオープンな形で載ってくるアパレルCADとして採用してくれるユーザーが結構いた」。林田氏はそう振り返る。
アンドアルファで手掛けたもう一つのシステムが「ウィンプラン」で、「CADの隣にある仕様書のデジタル化」がコンセプト。これはユカアンドアルファの製品情報管理システム「ユニファイ」に引き継がれ、今ではアパレルCADに次ぐ柱のシステムになっている。
緊密な提携関係だったアンドアルファとユカ・パターンシステムは、1998年7月1日、対等出資によりユカアンドアルファを設立する。新会社は林田氏が代表取締役社長、ユカ・パターンシステム取締役事業部長だった保利淳氏(現社長)が代表取締役専務に就任した。90年代初めにアパレルCADメーカーは30社を超えていたが、アパレル不況の長期化で次々と姿を消し、その頃は6、7社になったと言われていた。新会社への移行は厳しさを増す市場の中をベンチャー企業として泳ぎ切る基盤作りを目指したものだった。
現在国内、海外ともにユーザー数は約2000社という。当時すでに円高や人手不足を背景にアパレル生産の海外進出が本格化し、アパレルCADも海外市場開拓が課題だったが、保利氏はいち早く海外販売に力を入れていた。「ボクは国内市場しか知らないし、保利と一緒に事業をやったほうが良い」という判断もあった。
2005年6月、社長を保利氏に譲り、林田氏は会長に就任する。アパレルのIT(情報技術)ビジネスに携わって約30年になるが、今でもこだわるのが「SCM(サプライチェーンマネジメント)」。ユカアンドアルファの社長に就任して間もなく日本百貨店協会の米国視察に同行して出会った言葉という。日本でも一時期広まったが、海外生産の拡大で”死語”のようになった。しかし、林田氏はこう強調する。
「日本のアパレル業界がメイド・イン・ジャパンを掲げてグローバルに展開するには、しっかりしたサプライチェーンが必要。それにはサプライヤー同士が情報公開することによって共存共栄を図るのが基本で、そこにはITインフラが欠かせない。我々のミッションもそれをもう一度見直すことと思っている」。

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